2007年11月28日
燃えるトウコン!
といえばこの人です!
アントニオ 猪木(アントニオ いのき、英語表記:Antonio-Inoki、本名:猪木 寛至(いのき かんじ)、1943年2月20日 )は、日本の元プロレスラー、元参議院議員。神奈川県横浜市鶴見区出身。血液型AB型。
新日本プロレス創始者で元オーナー。愛称は「アントン」。
今日の日本のプロレス・格闘技の歴史を語る上で(猪木自身は、プロレスと格闘技を区別することを嫌っているが)、力道山、ジャイアント馬場と並んで欠く事の出来ない存在であり、多くの世界のプロレスラー・格闘家に影響を与えている存在である。1995年には北朝鮮で、「スポーツと平和の祭典」を開催している。北朝鮮政府によると、この大会では2日間で38万人の観客を動員した。
新日本プロレスにおいて、「プロレスこそ全ての格闘技の頂点である」というストロングスタイルを標榜。その後のプロレスのスタイルに大きな影響を与える。最強の証明のため、“熊殺し”の空手家ウイリー・ウイリアムスとの対戦など、異種格闘技路線への挑戦を続け後年の総合格闘技の礎を築いた。
中でもプロボクシング統一世界ヘビー級チャンピオン、モハメド・アリとの一戦は世界各国に中継され話題を呼んだ。日本ではそのアリ戦は昼間の生中継と、同日のゴールデンタイム19時からNETテレビ(現テレビ朝日)にて録画中継という2度放送された。(アントニオ猪木対モハメド・アリ参照)。なお、1979年1月には元アフリカのボクシングヘビー級チャンピオンでウガンダの元大統領のイディ・アミンとの異種格闘技戦の計画が浮上したことがあり、アミンは猪木戦を承諾したものの、反体制派クーデターを受けアミンは亡命し、結局お流れになった。
なおこの頃の猪木がこれらの格闘技戦やその後のIWGP構想などの壮大なイベントを構想した発想の原点は、NWA世界ヘビー級王者としてプロレスラーの頂点を極めた馬場への激しい対抗心…と見る説がある。特に莫大な借金をしてまでして地球規模のイベントとなったアントニオ猪木対モハメド・アリ戦を実現させた事から、一時期の猪木にとって馬場の存在は地球にも匹敵するようなものとする説もある。
(以上、ウィキペディアより引用)
異種格闘技戦は有名ですね!
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